「……死ぬなっ!モヤシっっ……俺を置いて行くんじゃねぇっ……!!」」


















悲痛な叫びが木霊する。
ティキがアレンを手に掛けたと悟った瞬間、
神田は得体の知れない焦燥感に襲われた。
そして、いつもなら絶対にし得ない行動に出る。



「マリ……モヤシとスーマンが消えた場所は解かるか?」
「……ああ……もの凄い爆音が急に途切れた地点で
 多分間違いない……」
「あそこは……確か……」
「教団のアジア区支部がある場所に近いな」
「……ああ……くそ面白くねぇが、この際しのごの言ってらんねぇ。
 アイツに……頼んでみるか……」



神田は自分のゴーレムを手招きすると、
背中に付いているスイッチを切り替えた。
通常は黒の教団本部と身近な仲間との通信用に使われるゴーレムだが、
受信チャンネルを切り替えることで、
最寄の教団支部との連絡も可能となる。



「……神田だ……バクと話がしたい……」



バクとは、黒の教団アジア区支部の支部長を務めている男だ。
神田とバクの間にどういう繋がりがあるのかは不明だが、
神田の口ぶりから察するに、どうやら周知の仲らしい。


ほんの数秒もしないうちに、黒いゴーレムの向こう側から聞こえてきたのは、
紛れもないバク本人の声だった。



「……あれ? 神田くん?ひさしぶりじゃないか?
 キミから連絡だ何て久しぶりだなぁ〜♪
 ……で、一体どうしたんだい?」



コムイ程ではないが、やや脳天気なその声は、
いつ聞いても拍子抜けする。
普段命のやり取りをすることが多い仕事なだけに、
このぐらい楽天的でなければ神経がもたないことは百も承知だが、
それでも科学班や支部の連中がこうして間の抜けた声を出すのか、
神田には理解し難いものだった。


だが、今ばかりはそんなことにかまけていられない。
神田は神妙な声で、ゴーレムの向こうの居るであろう男に話しかける。



「……バク……頼みがある」
「え? 神田くんが僕にお願いごと? 珍しいなぁ〜?」
「守り神の力を借りたい……」
「……?!……」



────守り神────。



その存在を知るものは、教団広しといえどそうはいない。
ましてや、守り神といえば、
アジア区支部の最強にして最後の要とも言えるものだ。
その力をいとも簡単に貸して欲しいなどと、
普通の状況で言うはずもない。


バクはそれを察したのか、今までの浮ついた態度を一変させる。



「……まさかとは思うが……ノアか……?」
「ああ……そいつに大事な仲間がやられたらしい。
 だが……俺にはまだ……モヤシが……
 仲間が死んだとは、どうしても思えないんだ!
 頼む……仲間を助けに行って欲しい……。
 だがまだ、そいつが辺りをうろついている危険性もある。
 普通のエクソシストじゃ到底歯が立たねぇ。
 だから……無理な頼みだとは承知してるが、
 守り神の力を……貸して欲しい……!」



かつて聞いたことのない、神田の悲痛な声。


その様子から、仲間のエクソシストが
彼にとってどれほど大切な存在なのかをバクに知らしめた。



「……わかった……キミがそこまで言うなら仕方ない。
 何とかしよう。
 これで……貸し……ひとつだよ?」
「……ああ……よろしく頼む……!」



バクは無線での話を終えると、教団のある部屋へと向かった。
そこにある緞帳の如き大きな扉は、
何か大きな力を秘めているように不思議な存在感を主張している。
封印の呪文を施した大きなサークルに掌を当てると、
徐に小さなスワヒリ語の言葉を呟いた。



『……いいだろう……その時の破壊者を助けよう……』



壁の中から重厚な声が響く。


次の瞬間、その中から人の姿をした番人が現れ、
バクに向かって不敵に唇の端を吊り上げた。



「あぁ……かったりぃ……。
 で、ソイツを連れて帰ってくりゃいいんだろ?」
「うん。頼むよ。
 もしかしたら、まだ近くにノアが居るかもしれない。
 ノアに立ち撃つことが出来るのは、此処にはキミしかいないからね」
「だろうな。
 まっ、しゃーねぇか。いっちょ行ってくらぁ……」























アジア支部の番人──フォーは、バクの祖父が封印した守り神の仮の姿だ。
華奢な女の子の面立ちをしてはいるが、
それはあくまでも相手を油断させる手段の一つに過ぎない。
『仮の姿』と言うのは、その姿を己の思うがまま自由に変化させられるということ。
対峙する敵によっては、見た目を戦い辛い者の姿に変えることも出来る。
戦闘能力に於いては、そんじょそこいらのエクソシストなど適いやしない。


実は、幼い頃イノセンスの力に振り回され、
能力を遣いあぐねて荒んでいた神田の相手をしていたのが、
何を隠そうこのフォーだった。



「……あの神田のお願いねぇ……。
 ちっこいやんちゃ坊主も、大切に想える相手を見つけたってことか……」



バクの命を受け、竹林の中を歩いていたフォーがぽつり呟く。
守り神が教団の外に出て直接出歩くなど前代未聞だった。
あの神田の願い、そしてこの世の未来にとって、
今どうしても必要な事が自分がその地に赴くこと。
戦い致命傷を受けているであろう『時の破壊者』と呼ばれる
エクソシストを救出することだった。


教団が在る地域の全てを、フォーは感知できる。
その中に、遠方から二人のエクソシストと敵の気配があったことは
既に知っていた。
そして、そのエクソシストの気配が既に薄れている事も……。


微かに感じる気配を元に竹林を探索していると、
フォーは今までに感じたことのない濃厚な霧に視界を塞がれた。



……死人の臭いだ……
 でも、何にも見えねぇぞ。
                  

 ちくしょー、何なんだよ、この霧……



「────りっ────!!」



思い切り躓いて転んだ先には、
既に息絶えたエクソシストの死骸が転がっていた。


あたり一面に広がる血の海。
体中の血液が流れ出したのだろう思われる赤い絨毯の上に、
相反する白い姿をした綺麗なエクソシストが、
左腕を紛失した状態で横たわっている。



「あちゃぱ〜、こりゃ手遅れだ……」



もうダメだろう。
誰もがこの状況を見たらそう思わずには居られない惨状だった。
だが、フォーがそう呟いた時、目の前のエクソシストの身体に
天上から微かな光が差し込んだ。


その光はやがて眩いばかりの輝きを放つと、
アレンの身体を包み込む。
そしてその光に同調するかのように、
周りを覆う霧の粒子がキラキラと身体に染み込んで行く。
まるで何かがこのエクソシストを救おうと未知の力を注ぎ込んでいるようで、
フォーは瞬きも出来ずにその光景を見つめていた。



「……なっ……なんだぁ……?」












─────トクン─────。













フォーが目の前で起こっている現象に目を丸くしていたとき、
死骸だったはずの身体から、小さな鼓動が聞こえる。



「……オイ、マジかよ……」



フォーが驚くのも無理はなかった。
死んだはずのエクソシスト……アレンの心臓が再び動き出したのだから。



───まさかね。 これが、神様の力ってヤツ?────



フォーは未だ瀕死のアレンの身体を抱えると、
この神の奇跡を無駄にしないようにと
急いで教団へと戻ったのだった。











                 











眼上に大きな蒼い月が広がる。
身体から暖かい何かがどんどんと抜け出し、
冷たい死の感触が背後から忍び寄るのをひしひしと感じる。



僕は、こんなことで死んでしまっていいの?
このまま天上に帰ってもいいの?
僕の背中には、あの大きくて白い羽がないよ。
このままじゃ飛んでいけない……。
ねぇ……ユウ……助けてよ……。
寒いよ……早くキミの腕で抱いて暖めてよ。
     


だが、愛しいユウの姿はどこにもない。
変わりに憎い恋敵の勝ち誇ったような笑みが脳裏に浮かび上がった。


いやだ……。
来るな。
僕は……まだ……。
……まだ……







……死ねない。






強く願った瞬間、身体が温かい何かで満たされていくのを感じる。
瞳を開けると、そこには美しい白い羽を湛え、
己を優しく抱きしめる神田の姿があった。



「……ああ……ユウ……」



瞳を暖かい涙が覆い、頬を流れ伝い落ちる。
アレンはこの時全てを思い出した。
自分が何故此処に居るのか。
何故こんなにも神田を愛しているのか。


そして、暖かい神田の愛で全身を満たされていくのを感じながら、
再び瞳を閉じて、その腕の温もりに全てを委ねるのだった。














                                 ⇒NEXT




≪あとがき≫

アレンがなんとか助かった訳ですが、
第57夜の冒頭は、実はこんなふうだったのでは……?
……と妄想を張り巡らしてみましたvv
で、第59夜のバクとコムイの電話での会話。
「礼を言われる事ではない。
 彼を助けたのはボクたちではないんだから」
という台詞で、実は神田の愛がアレンを助けたんだよっっ!と、妄想爆発★
マズイです。自分……。( ̄▽ ̄;)

おまけに、バクのリナリーの写真コレクションの数々は、
実はこの時の貸しで、神田がバクに託された小型カメラで撮った……みたいな。
楽しい想像を張り巡らしておりますvv

さてさて、次回は神田とアレンの再会ですvv

またまた、
続きを楽しみにしていらしてくださいませ〜〜〜(=^▽^=)





                                  
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〜天使たちの紡ぐ夢〜   Act.15

愛する者と離れ離れになる苦痛。
それは、この身を二つに引き裂かれる想い……。
愛しくて、愛しくて、狂おしいほどに相手を求めても
永遠にその手に抱くことなど出来はしない。

悲しさに、苦しさに、息をすることさえ忘れ果て、
果てしなく続く悪夢に苛まれては、
いつしか飲み込まれてしまうだけ……。